Jリーグ昇格へ 車いすの知将・羽中田昌さんの挑戦(産経新聞)(4月23日 - 15時31分)
【新・関西笑談】サッカー・奈良クラブ監督 羽中田昌さん
Jリーグ昇格を目指すサッカーの奈良クラブ(関西リーグ所属)の監督に今季、就任した羽中田昌さん(47)。高校時代は黄金期の名門・韮崎(山梨)の中心選手として活躍。創造性に富んだプレーで将来の日本代表のエース候補と期待された“元祖ファンタジスタ”は、19歳のときのバイク事故で胸から下の機能を失いながら、今もなおサッカーへの情熱を燃やし続けている。夢はJリーグ初の車いすの監督。古都・奈良から新風を巻き起こす。(聞き手 月僧正弥)
--シーズンが開幕しました。「羽中田色」は浸透してきましたか
羽中田 「羽中田色」というのはありません。最初のミーティングで、マイボールを大事にすることや、前線からの積極的な守備とか、僕の好きなスタイルは伝えましたが、「あくまで作るのは君たち。君たちが奈良クラブらしさを作ってくれ」と言いました。
--就任の経緯は
羽中田 一昨年の12月に矢部次郎GM(ゼネラルマネジャー)から最初に声をかけてもらったときは、母校の韮崎高校で指導することが決まっていたのでお断りしました。その後、昨年12月かな、再度、声をかけていただき、話をさせてもらう中、矢部GMの思いや人間性、ビジョンとか、言葉は悪いが「こいつとだったらおもしろいものができるな」という直感みたいなものがあって。
--迷いはなかったですか
羽中田 僕を必要とし、熱心に誘ってくれている。何よりも現場で監督ができるなんて、僕にとってそんなに幸せなことはない。状況が許せば、断る理由なんか一つもなかった。
--選手たちの印象は
羽中田 話をじっと聞いてくれる選手が多い。僕は車いすで具体的なパフォーマンス、お手本を見せられない。言葉だけなので、選手たちがどうすべきか伝わりにくいのですが、その分、耳を澄ましてくれる。サッカーをすごく考え始めているなという印象を受けますね。
--カマタマーレ讃岐の監督時代との違いは
羽中田 僕自身、前回は初めての監督で、気負いすぎていたところがあった。ほんと24時間、サッカーやチーム、選手のことを考え過ぎて、余計なことまで言って選手から考えさせることを奪っていた部分があった。今は僕の考えだけよりも、選手たちが主役で、どんどん入ってもらった方がおもしろいものが作れるのじゃないのかなと思っています。
--今の生活パターンは
羽中田 火曜から金曜日にトレーニング、土日に試合という流れです。朝5時に起きて、午後1時ぐらいまでグラウンド。練習ではプレーのイメージがすっと作れるような映像を見せるようにしていて、家に戻ってから夕食までの間に編集作業や次の日の準備をしています。
--奈良の生活には慣れましたか
羽中田 まだグラウンドと家の往復だけ。でも、歴史がある場所で、いろいろなものを見て聞いて感じて、クラブに生かせたらと思っています。もともと何でも知りたいというか、手を出したくなる。「サッカーしか知らない人はサッカーすら知らない。サッカーをサッカー以外から学ぼう」と選手たちには言っています。
--休日はどうされていますか
羽中田 解説の仕事があったり、試合会場に行ったり、準備だったりと忙しいですね。もっとゆっくりしたいのですが…。でも、選手たちとグラウンドにいるとエネルギーをもらえます。「こいつらのために何ができるか」と考えると、ほんと楽しいですよ。
【プロフィル】羽中田昌(はちゅうだ・まさし) 1964年7月、山梨県甲府市生まれ。韮崎高時代は2年連続で全国大会準優勝。浪人中の83年8月、事故で半身不随に。9年間の山梨県庁勤務を経て95年から5年間、スペインへサッカー留学し、帰国後は解説者やスポーツエッセイストとして活躍する傍ら、2006年に日本協会公認S級ライセンス(最上位の指導者資格)を取得。08年から2年間、カマタマーレ讃岐の監督を務める。
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